ユア・マジェスティー


Your Majesty

「おれ、わりと頑張ったよなあ、」 瞬間、爆発的に集まった臣下の視線に臆することなく「うん、がんばった。おれにしてみれば上 出来」とピオニーは呟いた。かつて絹のように美しく艶やかだった金糸は飴色に褪せている。 誰もが息をつめる中でその場に似つかわしくない明るい声がひとつ響いた。 「おやおやーどうやら陛下は愛の折檻をご所望のようですね。この私が直々、ナタリア妃殿下に頼んで さしあげましょう」「……ジェイド、お前ぜったい呪う。世継ぎもいるしーキムラスカとはまあ俺 の孫くらいまではへーきだろーブウサギちゃんたちにはガイラルディアがいるしーマルクトには お前たちがいるしー、」彼はそこで臣下の顔を順繰りに見回した。そのあまりにも穏やかな表 情に皆、愕然とする。 「安心して、死ねるよ」 何処か覚えのあったその顔を、凍鉄の理性は憎らしいくらい正確に探りあてた。 かつて、それは。その顔は。瞬間、ジェイドの手は死ねると微笑んだ男の胸ぐらを掴んでいた。 彼はいつも左手を軍服のポケットに隠していた。それが彼のポーズだった。七年しか世界を生 きていなかった子どもに死を告げたときも左手は仕舞っていた。人非人、そうささやかれ続け た自分も一応は血の通ったなけなしの人間なのだと気づかされたときからさらに意識的にし た。あの頃のポケットには行き場のない感情ばかりが詰め込まれていたのだ。 「誰が、貴方の尻ぬぐいなんて、するか」 「泣いてるんだ。あいつ、そりゃあもう男心をくすぐる泣き方だった」 「貴方なんか、灰になるまでこの国のために生きて死ねばいい」 「泣いてるんだよ。ジェイド、あいつ声も出さないで泣いてるんだ、ひとりぼっちで」 「ただの音譜帯の一部だ。陛下、貴方が死んでもあの子の元には行けやしない」 異様な隈で象られた水色は何処までもやわらかだった。そして悟る。 彼は死ぬのだ、と。どうすることもできない、するりと力が抜け落ちて掴んでいた手を放した。 「ありがとうな、ジェイド」へらっと嬉しそうに笑ったピオニーに腹が立ってジェイドは容赦なく骨 の浮いた褐色の頬を殴り飛ばした。潰れた蛙のような声を上げてベットに沈む。皇帝というか、 いまわの際の人に対するあまりの常識の外れた行為に周囲がぎょっと目を見張った。ジェイド はふん、と鼻を鳴らし乱れた髪をかき上げると、ピオニーから背を向けた。「あの子に、よろし く」小さく呟かれた別れの言葉に、まったく素直じゃない、ピオニーは腫れた頬を豪快に歪め て笑った。


「じゃあな。サフィールと仲良くするんだぞ!」 「さっさといってきなさい!」




ユア・マジェスティー、

(あなたは友人としてとても誇らしかった)





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