アラウンド・シュガー


砂糖菓子の頃

きらきら光る砂糖菓子みたいに甘くて幸せな日々に、積年研いできた復讐の牙は折れた。世話係に任命された時は、さすがに開いた口がふさがらなかったけれど。そうそう。まるで赤ン坊のご主人様を世話するにはかなり骨が折れたなあ。(お前を育てたのは俺なんだからこの、俺に、隠しごととかは無駄なんだよ。)(だいだい誰が襁褓をかえてやったと思ってるんだか。)「ガイ」とは呼べない舌足らずな俺を「ガー」と呼ぶ甘い声も(ガイだっての、)パタパタと触れてくるあのわがままな手も熱も命も、ぜんぶぜんぶ、俺のものだった。一番最初に覚えたのは俺の名前だったけ。(あのときの公爵の顔と言ったら!)真綿で首をしめられていくような、そんな毎日。───そんな毎日が、続いた。



「ガーぁ」「はいはい、ご主人様?」訂正するのもくたびれてもうガーでいいかなとガイは諦めたが、いやいやいややっぱりよくないなと首をふった。あともう少し大きくなったらきちんと自分の名前を覚えさせなければ。「おい、ガー!」「はい、ご主人様」では格好がつかないだろう。(な、)(なにを考えてるんだ俺はっ……!)うっかり微笑ましい想像をしてしまってガイは頭を抱えた。あれは憎むべき仇の息子で少しずつこうやって信頼を築いていって来るべき復讐のときがきたら奈落の底につき落としてやるんだろう。そしてあれはきっとガラス玉のような目で俺を見上げるに違いないんだ。ひとつき。ふたつき。(しんじてたのに、ガイ)(どう、して……)(ガイ)(がい)(がー)「ガー?」無防備な声が深淵からガイを現実に引き戻した。体がぶるりと震えて、思わず子どもを抱きかかえていた手の力を強めてしまう。「あう」苦しいよとばかりに普通より大きめな赤ん坊がそう鳴いた。「あはははは、」その様子が何だかおもしろかったのでさらにぎゅうぎゅうと抱きしめてやると、腕の中の子どもが先ほどより不満そうな声を出した。もごつかせる口がちょうどガイの胸のあたりにあたって、まるで小鳥に指を甘噛みされているかのような錯覚を覚えた。それはひどくくすぐったくて、優しいぬくもり。「ガー?」突然襲った雨だれに、子どもは不思議そうに首をかしげていた。



牙は折れかわりにひとつ 剣を握っていました。


(ガイラルディアが死んでゆく。この、甘いあまい砂糖菓子のころに!)

- end -