イノセントと呼んで


Please call me inoccent.

「……お前に俺の気持ちはわからないさ。あいつをぐちゃぐちゃにぶち殺してやりたいと思うし、だけどお前と一緒にいるのは好きで、でもこうやって話しててふいに笑いながらお前の首を絞めたくなる俺の気持ちを、お前は、わからない」

静謐とも呼べるそんな場所でガイはどこか突き放すように言った。「ルーク」のときには絶対聞けなかった彼の心のうち。こぼしてくれた弱音を嬉しく思いながらもやっぱり今ここにる自分は錯覚とか幽霊とか幻とか実在しないという意味を持つ「ファントム」なんだと唐突に現実感を持ってほんの少し、ほんの少しだけ寂しくなった。

「結局は忘れられないんだなあ。だから俺は、たぶんあいつを殺すと思うよ」

殺すと思うよと口ずさんだ彼がかつて「世界中の誰が責めても俺はお前の親友で味方だから絶対生きて帰ってこいよ」と言ってくれた人物と同じには思えなくて目眩がしたけれど、ファントムがルークだった頃あの屋敷で唯一の味方に思えた優しくて格好よくて女にはものすごく腰抜けでジェイド曰く音機関の偏執狂だけど実はとても憧れていて記憶の中の彼はルークが破天荒なことをやらかすたびちょっとだけ困ったように眉を下げてでも口元には穏やかな笑みを浮かべて「まったく困ったお坊ちゃんだなあ」そう言って頭を撫でてくれた。嬉しくてたまらなかったっけ。でもガイはどんな瞳でルークを見ていたんだろう。どうして、俺なんかを殺さなかったんだろう。僅かにファントムの睫毛が震えてそれを見たガイは吐いた言葉をゆっくりと咀嚼するように目をしばたかせるとこれはファントムを傷つける失言だったと思ったのか申し訳なさそうに頬を掻いて「、ごめん。ごめんな」とファントムの頭をくしゃくしゃと撫でた。あ、とファントムは思って勢いよく顔を上げるとガイの驚いたような顔がハーモニーブルーいっぱいに映った。呟かれた言葉がファントムを気づかってのものなのかそれとも「ルーク」を殺すことへの謝罪なのかわからないけれど、これだけははっきりわかってファントムは、ガイの服の裾をきつく握りしめ る。するとぽつりとガイの声が降ってきた。「俺がさ。俺が───、」色々続きそうな言葉を彼は結局首をひとつふって打ち消してまったく脈絡がないように思えることを言った。

「ルーク、手、だして、いいから。そうそうそんな感じ」

ガイはファントムのことをルークと呼ぶ。錯覚しそうになるからやめて欲しいと思ってそう呼ばれる度に軽く睨みつけても彼はまったくとりあわなくて仕方ないからずっとルークだ。ガイの言う通りにすると彼は満足そうに一瞬笑みを浮かべたけれどそれは瞬く間にひっこんでとても真剣な顔をするものだからファントムは少しどきっとする。ガイは続いてファントムの前に片膝を折って頭を垂れた。その一連の所作はやはり洗練されていてファントムは三拍くらいぼうっとしてから口をぱくつかせた。彼の言いたいことがほぼ正確にわかったガイは微かに笑ってそうしてその手にキスをした。

「この命を捧げることをお許し下さい、ってな」

微塵も照れくささとか滲ませないで晴れ晴れと笑ったガイにファントムは真っ赤になった。そうだった。こいつはとてつもなく恥ずかしいことをさらっとやってのけるやつだった……!ガイに復讐をしなかった理由、つまりどうして自分を殺さなかったのかを訊いたことがあった。そのとき彼は確かこう言ったんだ。今のように臆面もなく当たり前に「お前を愛してるからだよ」と。注がれる暖かな視線と彼のその言葉にルークは泣きたいくらい感謝して、何があってもガイを信じようと思った。「ルーク?」わりと余計なことまで思い出したファントムはどうしようもなく嬉しくてだけどさらに恥ずかしかったから覗き込むガイのことを二三発殴る。あだっなんだなんだなにするんだ非難の声をあげたガイにガイのせいだと胸中で答えた。






「まったく、困ったお坊ちゃんだよ」

頼りなく細い指で握りしめたあの子どもに対する思いだけは、


- end -