Meaning


さよならの合図

「ぶさいくな顔してるね、」

「………………」





「君の虫みたいな頭じゃあ無駄無駄!」

爽やかな笑顔でものすごくひどいことを言われてこいつほんと最低って思った。

「ね、空が青くて風が気持ちいいから外でひなたぼっこしよう」

むかつくくらい綺麗な笑顔でそう言うものだから何だか毒気を抜かれてつられて笑う。染みのようにこびりついてとれない暗澹とした気持ちをこの瞬間ばかりは忘れられた。



見上げた空は青く高く思わず伸ばした手には、何も、掴めなかった。あまりのその眩しさにくらくらしていると、

「あーあ、」

「世界はやっぱり、美しいなあ」

そんな呟きが耳をかすめた。目の前に広がる光景はちがわない筈なのに見てるものはそれぞれちがう気がして胸が苦しくて鮮やかなエメラルドグリーンと同じ世界が見えたらいいのにと思った。

「まァた、くだらないこと考えてるんでしょう」

くだらないってなんだよ。適当にむしった草を抗議がわりに投げつけた。そんなつもりじゃなかったのに(何の奇跡が働いたのか)見事顔に命中してしまって、本当にどうしようもないですねあははははーとか笑ってるけど笑ってるけど!瞳がまったく笑ってないからあの、余計、ちょっと怖かった。びくびくしていると「ぶっっ!」呼吸困難になりそうなくらい笑い転げてやがったのでわーほんとこいつって最低。(本日二度目)それでもまあいいかって。こんな風な毎日が、って。…………思って目を伏せた。するとイオンの名前を呼ぶ声。




「、君はね(、言葉にならないなあ)君は、最高の友であり絶対の理想であり鮮やかな希望であり、この世界はいつだって真っ黒で灰色の空では飛べないと思っていた僕の(希求したすべてで、つまりああ名前をつけるなら、これが一番相応しい)───僕の、命、なんです」





人間の記憶というものは風化する。それはたぶんちっとも薄情なことなんかじゃなくて誰もがこれからを生きていく為に必要なことで彼の心に永遠とか不変を望み束縛するこれは非常に罪 悪なことかもしれないけれど絡まる舌もこのおよそ潔白とはいえない感情も溢れて止まらなくて彼の頬に触れた。瞬間、触れた指先は溶けて(そう感じた)その異様な熱が心臓に届く。それが激しく刻む音を聴いてああまだ生きてるんだなあと密かに笑った。誰のものにもならないで忘れないでいっそこのまま首を絞めて、とか自分の中から暗い声が響いたがふいにきつく握り返された手と息がかかるほど近くにあるハーモニーブルーで、あまりにも呼べない感情はあとかたもなく奪われる。声にならないけれど確かに聞こえてきた。



イオンの目が驚いたように見開かれた。触れられた陶器のように白い手はきちんと熱を持っていて脈打っていたから、(とてもとても安 堵した)自分も彼女もここに生きているということを伝えたくて、ファントムはその細い手を握っていた。ここにいるよ。触れるよ。ここにいるよ。ここに、いるよ!どうかこの声が、彼女に届きますように。何の反応も示さないしばらくは永遠にも感じられたがやがてイオンはファントムに耳打ちをした。首をひねると「足りないんです。言葉なんかじゃ」と強く言われたので釈然としないながらも言われたとおりにする。するとだんだん翡翠色が近づいてきて、(ええええ?)ひどく混乱していたがわりと危ない距離になると反射的に目を閉じていて三呼吸分で我に返って目の前には透き通った───けれど、それだけだった。


「、ありがとう」






それがさよならの合図だったなんて、知らなかったんだ。




- end -