Whisper


ささめきごと

その子どもは導師になることが定められた星の下に、生まれました。赤ン坊のお母さんとお父さんはたいへん喜びました。お母さんのお母さんもお父さんもお父さんのお母さんもお父さんも、手をとりあって喜びました。けれどその子どもは、女の子でした。何だかよくわからない理屈でまつりごとに女の人が関わることは歓迎されていませんでした。我が子の未来をあんじた両親はうんと頭をしぼりました。来る日も来る日も頭をなやませていたお母さんのかみのけの色がかわってしまって、これは深刻なことだとお父さんはあせりました。とうとう見かねたおばあさんが言いました。「その子を男の子として育てればいいのよ」その日から少女は少年になりました。



その子どもはすくすくと導師になりましたが、運命の日は嵐のようにやってきました。子どもは、自分の命がじゅうにねんの歳月でおわってしまうことをしってしまったのです。流した涙で海がつくれそうなくらい子どもは泣きました。悪魔がそのここちいいやみを見逃すはずはありませんでした。「おまえが死ぬことも導師になることもすべて星のきおくに定められていたことなんだよ」その日から子どもは、預言をこの星をすべてのものをにくむようになりました。みんな、しんじゃえ。



その子どもは瞬く間に命をついやしていきました。むきりょくに生をかさねていたある日、魔物とおはなしができる少女とであいました。あまい果実とおんなじいろをしたその子は、化け物とよばれていじめられていました。自分とおんなじものをかんじた子どもはその女の子のことがとても好きになりました。子どももそうめいすぎたゆえにきもちがわるいといじめられたのです。倍にしていじめかえしたら子どもにさからう人はいなくなりました。けれどこころが傷つかなかったわけじゃあありません。しっかりと、子どものこころは重傷でした。

「イオンさまが、すきです」

世界でいちばんだいすきな少女の願いを叶えられないそのからだを、少女は死ぬほど呪いました。



その子どもの命は、あとわずかになりました。悪魔の計画をさいごまでみとどけられないことをとてもくやしがっていたころでした。ああ何ということでしょう!あれほど壊したかった世界が、いくつものキスを送りたくてたまらないほど、愛しくなってしまったのです。もっとはやくであえればよかったなんて言いません。過ぎてゆく日々をやけに早くかんじながら終わりの日がくるのをただ静かに見つめていました。

子どもは、であってしまったのです。




「今さらと笑うかもしれないが、僕は、そっち側にはいけない」

悪魔が何とも思っていないような顔で「それは残念なことです」と笑いました。その場から立ち去ろうとした子どもの耳に、悪魔はそっと耳打ちをしました。

「小鳥は、翼をもがれるかもしれませんね」

子どもはおどろいたように目をみひらいたので、悪魔はそれを見てほくそ笑みました。しかし子どもは、今度はだまされませんでした。

「翼をもがれても小鳥には足があるんだよ、ヴァンデスデルカ」

子どもはすがすがしい笑みを浮かべて悪魔との契約をたちきったのです。悪魔はこころのなかで舌打ちをひとつすると、その姿を消しました。いなくなったやみに子どもはぽつりと言いました。

「お前ごときに僕の大切な箱庭を壊させたりなんか、しない」




───それは、いつかのないしょのないしょのおはなし。




- end -