「グランコクマに行くことになったので、お願いしますね」
普段ならばふたつ返事で頷く少女だったがこの日は何だか様子が違っていて、唇を強く引き結んで開こうとしてやっぱり何も言わなくて押し黙ってちょっとうんざりしできたので「嫌、ですか?」とそれらしい顔をして言えば、取れるんじゃないかと思うくらい首をふってそれから蚊の鳴くような声で言った。「一緒にいきたいひとが、いる、です」
「……馬鹿なことを。導師は物見遊山気分でグランコクマへ行らっしゃるわけではない。わきまえろ!」
必要以上にアリエッタの体がびくり、となった。顔を合わせるたび化け物呼ばわりされれば恐怖が植え込まれるのは当たり前でこいつそろそろ馘首にしよう。頭の片隅でその理由を考えながらお決まりの穏やか口調で口をはさもうとすると、突然、俯いていたアリエッタが顔をあげた。「そのひと、は、あまり外にでたことがなくて、だから。つれてってあげたい、です。そのひとは、わたしと遊んでくれました。わたしと。だから、つれってあげたいです!」
少女は舌足らずな声でおねがいですと言いながら何度も何度も小さな頭を下げた。で、こいつかよ。
こちらに気づいた瞬間、アリエッタの遊び相手でありヴァンが飼っている赤い小鳥と有名な数日前この顔を殴って逃げた彼のその顔があからさまにひきつったからちょっと殺そうかなあとイオンは思った。「では、僕はこれから陛下にお会いしてきます。視察というか、うん、せっかくですからアリエッタとファントム殿はゆっくりしていてください。天気もいいですしね」
記憶にある彼とまったく同じ笑顔で同じ風にそう言って、彼は宮殿の方に足を向けた。ため息をひとつ吐いてファントムはさっさと背を向けたが、アリエッタはじっと彼が去った方を見つめていた。数歩歩いてついてこない少女に気づいたファントムはそのあからさますぎる様子を見てもうひとつ深いため息を落としてアリエッタの手を握る。するとアリエッタは驚いたように目をしばたかせて意味を理解した瞬間嬉しそうな顔をしながらも「いいの……?」とこちらを見上げてきた。ファントムは人指し指を唇に持ってきて笑ってやると、少女も声をたてておかしそうに笑って二人はイオンの後を追った。いたずらをする前の子どものような顔をして、手はしっかりと繋いだまま。「うす気味悪ぃ。───そいつ、人間じゃ、ねぇよ」
- end -