Caranzia


絡む蔦

本当に嬉しそうに笑う少女が真ん中。隣の隣はにこにこと笑ってはいるが、絶対腹の底では自分と同じようにげっと思っててあのジェイドより腹が黒くて性格が悪い上にうさんくさくてそれでも彼と同じ顔で綺麗に笑うから余計タチが悪いんだ……!(しかも数日前わりと強い力で殴った。だって、跡が、残ってる。)「きらきらしてて、きれい。ファントムの髪があの夕焼けみたいに優しい色が、映ったらとってもとっても……きれいです」とさらっと恥ずかしいことを言うから、ピンクシュガーの髪を撫でた。楽しそうなアリエッタの為に少しは大人になろう。



「グランコクマに行くことになったので、お願いしますね」

普段ならばふたつ返事で頷く少女だったがこの日は何だか様子が違っていて、唇を強く引き結んで開こうとしてやっぱり何も言わなくて押し黙ってちょっとうんざりしできたので「嫌、ですか?」とそれらしい顔をして言えば、取れるんじゃないかと思うくらい首をふってそれから蚊の鳴くような声で言った。

「一緒にいきたいひとが、いる、です」

「……馬鹿なことを。導師は物見遊山気分でグランコクマへ行らっしゃるわけではない。わきまえろ!」

必要以上にアリエッタの体がびくり、となった。顔を合わせるたび化け物呼ばわりされれば恐怖が植え込まれるのは当たり前でこいつそろそろ馘首にしよう。頭の片隅でその理由を考えながらお決まりの穏やか口調で口をはさもうとすると、突然、俯いていたアリエッタが顔をあげた。

「そのひと、は、あまり外にでたことがなくて、だから。つれてってあげたい、です。そのひとは、わたしと遊んでくれました。わたしと。だから、つれってあげたいです!」

少女は舌足らずな声でおねがいですと言いながら何度も何度も小さな頭を下げた。



で、こいつかよ。

こちらに気づいた瞬間、アリエッタの遊び相手でありヴァンが飼っている赤い小鳥と有名な数日前この顔を殴って逃げた彼のその顔があからさまにひきつったからちょっと殺そうかなあとイオンは思った。


「では、僕はこれから陛下にお会いしてきます。視察というか、うん、せっかくですからアリエッタとファントム殿はゆっくりしていてください。天気もいいですしね」

記憶にある彼とまったく同じ笑顔で同じ風にそう言って、彼は宮殿の方に足を向けた。ため息をひとつ吐いてファントムはさっさと背を向けたが、アリエッタはじっと彼が去った方を見つめていた。数歩歩いてついてこない少女に気づいたファントムはそのあからさますぎる様子を見てもうひとつ深いため息を落としてアリエッタの手を握る。するとアリエッタは驚いたように目をしばたかせて意味を理解した瞬間嬉しそうな顔をしながらも「いいの……?」とこちらを見上げてきた。ファントムは人指し指を唇に持ってきて笑ってやると、少女も声をたてておかしそうに笑って二人はイオンの後を追った。いたずらをする前の子どものような顔をして、手はしっかりと繋いだまま。



さて、どうやって宮殿に入ろうか。民間人は門前払い、導師守護役のアリエッタの名前を出せばまあ通してもらえるだろうがこの場合あいつにばれて落ち込む顔が容易に想像がつくから却下。そしてたぶん最後にこう言って泣きじゃくるのだ。(きらわれたら、どうしようぅ……)おまえ、あんなやつの何処がいいの。少女の顔を見ながら何度目になるかわからないため息をこっそりついてそれでもこの少女の為に宮殿に入る方法に思考を巡らせていると、「ちっこいガキぃ?」というわりと大きめな声が耳を打ったので思わずそっちに注意を傾けてしまった。「あいつが顔を見たらしい」……だれのことを言ってる?「野郎の話なんざ、キムラスカの連中なみに信用できねぇだろ」「ところが他にもいるんだよ。そっちは、お墨付き」あまり関係ない話かもしれないと笑い、思考を元に戻そうとするが「教団の最高指導者が子ども、なんて笑うに笑えねぇ」失敗した。心臓がうるさいくらいに、鳴る。隣でアリエッタが息をのむ気配が伝わった。心臓がまるでその先を聞いてはいけないと警告音のようにうるさく鳴って(なんだっていうんだ、一体……)湧き上がってくる感情を懸命に押し殺す。「イかれたジョークだと思いたいが、もしもそれが本当だったら」最大音量で鳴るこの心臓を、誰かえぐりとって!

「うす気味悪ぃ。───そいつ、人間じゃ、ねぇよ」




「化け物が、恋なんてするわけないのにね」


- end -