薔薇色の幸福


La Vie En Rose

「俺、そろそろ……」ルークが遠慮がちにそう言うと屋敷でシュザンヌが一等に気に入っていたあの刺繍の糸みたいな髪に褐色の肌を持つ人の顔がひきつって「……ああ。うん。そう、だったなあ。うん」と竹を割ったようないつもとは想像もつかないような歯切れの悪さと半分歪んだ笑顔で頷いた。僅かに音を立てた心臓にルークは頭をふって「それじゃあ」と口早に言って部屋をあとにしようとすると、手首に熱を感じた。え、と思ってふり返ると手をぎゅっと掴まれててそのことを認識した瞬間どくどくと体温が跳ね上がる。ばれませんように。たぶんエンゲーブの熟れた林檎のようになってる自分の顔がわかりませんようにと必死に祈りつつかなり裏返った声で「へっ、へいか……っ」とか呼びかけると、「わっわるい子供みたいだなよな俺っなんかお前とこうしてんの離れがたくて思わず、」そこまで一息でまくし立ててふいにわりと卑怯な所で台詞をぶち切られた。しばらく(その、しばらく、でルークは涙目になった)手の平に視線を落として何度か口をぱくつかせたと思ったら顔を上げて彼は笑顔の中に怒ったような表情を滲ませながら言った。「思わず、つかんじった」この場にあの有能な反面あの非常に厄介な性格故に、きわめてきわめて諸刃の剣なる死霊使い殿がいたら、こう言ったことだろう。「陛下はわりと本気の色恋沙汰には不器用でいらっしゃいますからねぇ!」一見顔は何でもない風を装いながらしかし盛大に肩を揺らして。


ごめんな、そう頭を掻いてついにその(ああ名残惜しい)最後の一本が剥がれようとして、「えっ?」「……ああっ!」ピオニーのびっくりしたような声と目が大きく見開かれて、思っていたことがそのまま滑り落ちていたことに気づく。うわあやだやだちょうはずかしい!こうなると七歳児ではもうどうしたらいいのかわからなくてとりあえず手はそのままで彼から顔を背けておいた。と、ぼそりとした声が耳を打つ。

「……じゃあさ、じゃあ。も、もう少しだけこうしてていいかっ」あまりの嬉しすぎる申し出に目の前のこの人にどきどきが聞こえてしまうんじゃないかと思って顔から火が出そうになったけれど「あぅ、もっもちろんお前がいやじゃなかったら!」やっぱり嬉しいから早くいいよってことを伝えたいのに結局「あ、う、」とかうまく言葉が出てこなくて魚みたいに口をぱくつかせた後あきらめて何度もこくこくと頷いた。


「……あー、なんかおれちょう幸せ、かも」「はい。……はい。おれもです。陛下」幸いその後の「ガイラルディアが来るまで、かな」という呟きはルークの耳を掠めなかった。世界は色を失っているのにわりと幸せだと思った日。



(薔薇色の幸福に目をつむったら)
「うちの子になにするんですかあんたあああああ!」
(保護者がきた!)



- end -