ビー玉レーゾンデートル


Raison Detre

ティアが、聞いているこっちが悲しくなるような声をあげた。ガイが「死ねっていうのか、こいつに!」とジェイドに掴みかかった。ジェイドはその手を振り払おうともせず、ただ静かに目を伏せていた。どんなことがあっても毅然と立っていたあのナタリアの瞳が揺れていた。服を握りしめるアニスの手がケテルブルクの雪みたいに白くなっていた。




(ああ。)

(、俺は、こんなに、想われてくれてたんだ。)みんなからの信用を失ったとき、ぶっちゃけ、かなりしんどかった。あの頃の「ルーク・フォン・ファブレ」は、自分の頭で考えようともしない救いようがない馬鹿だったから、(いまはちゃんと考えてる、と思う)みんなの見る目が、だんだん失望と軽蔑に変わっていくのは当たり前だったと思う。ティアが俺の為を想って叱ってくれていてもうぜぇとかばっかで、俺、上ッ面しか見てなかった。さりげなく俺とみんなの険悪な雰囲気をとりなしてくれていたガイの優しさにも気づけなかった。相手にしてくれないことが腹立しかったから素直にジェイドの言うことをきけなかったけ。ナタリアの描く「ルーク」じゃない行動をしたときの彼女の落胆したような顔がたまらなく嫌いだった。アクゼリュスを崩落させたときの責めたてるようなアニスの大きな瞳に殺してしまった人たちが重なって見えて、自分の罪に初めてふるえた。(俺は成長したのかな。)(……死んで欲しくないと想われるくらいの奴にはなれたのかなあ。)




ティアが、聞いているこっちが悲しくなるような声をあげた。
ガイが「死ねっていうのか、こいつに!」とジェイドに掴みかかった。
ジェイドはその手を振り払おうともせず、ただ静かに目を伏せていた。
どんなことがあっても毅然と立っていたあのナタリアの瞳が揺れていた。
服を握りしめるアニスの手がケテルブルクの雪みたいに白くなっていた。




「……少し、考える時間をいただけませんか」ぐずりだしてきた空模様を感じたルークは一方的に会話を終了してそこから離れようとした。扉に向かってゆっくりと歩き出す彼に、仲間の誰もが声をかけようと口を開いたけれど言葉は喉の奥で凍りついて声になることはなかった。カツ、コツ、と響く彼の足音がまるで「此処にいるよ」と存在の証を叫んでいるようにティアには思えて、それが愛しくて愛しくてとても悲しかった。「ルーク!」そこにピオニーの声が大きく響 く。「生きることを、諦めるな。いいか。お前は、生きることを考えろ」ルークはふり返らなかった。「……ありがとうございます」その気持ちだけで十分です、とは言えなかったけれど。





礼拝堂をあとにしたルークはしばらくの間はふらふらとその近辺を彷徨っていたが、ティアたちと遭遇する可能性に気づいてうろつくのをやめた。今は、誰にも会いたくない。いや、会えない。彼女たちの話をきく前に覚悟を決めてしまいたかった。ひとりきりになれて自分と向き合える場所と言えば、部屋だ。思い当たるのは、イオンの私室。障気を消す為に死んでくれと言われた。けれど、世界を捨てて逃げる道も提示してくれた。仲間が死ぬな、と懸命に叫んでいた。……それで十分じゃないか?それで、十分じゃないか。彼がいないことはわかっていたけれど何となく黙って入るのは気が引けてルークは扉を叩いた。………………コンコン。沈黙が返事をした。わかってはいたけれど、彼がもうこの世界に存在しないのだという証を改めて突きつけられたように思えて胸が軋んだ。(入るぞ、イオン)声に出そうかと一瞬考えたけど(はい、どうぞ)と透き通るようなあのイオンの声はもう聞こえないと気づいていたからやはり心の中でだけ言うことにした。入った部屋は変わらずに整然としていて無駄がなく、少し、冷たかった。此処を訪れることはそうなかったし、訪れたとしてもどれものんびりとしている場合ではなかったので内装の記憶はかなりおぼろだ。ただ頭の片隅でこの異様に整えられた部屋は彼には似合わないと思ったことはよく覚えている今にして思えばこの部屋は彼が感情を殺して導師イオンの代わりであろうとした心の表れだったのかもしれない。彼は、見つけられたのだろうか。誰かの代用品としてではなく何者にもなれないレプリカの価値を、生きる意味を。彼は自らの命と引きかえにして、ティアの体内に蓄積された障気を消し、ルークに未来のひとつを残してくれた。じゃあ彼はその為に生まれたのか。ちがうちがうちがう!イオンの価値はそんなものじゃない! 行く手を遮る花たちを見て踏むのは可哀想だから遠回りをしましょうとか言い出すような、木漏れ日とか日溜まりという言葉が似合う奴だった。ほんの小さなことでも心からありがとう、と笑ってた。俺がどんなに怒鳴ってもクソみたいに最低でも、優しい優しいって。アクゼリュスを崩落させた罪は、ルークが障気を消すことで少しは償えるのだ。それにあんなにも欲しくてたまらなかった自分の価値や存在理由の悩みは片づいて、「自分は障気を中和する為に生まれてきたんだ」と完結することができる。なのに、どうして、体が震える?もうルークという役割にすがらなくたっていいし、目も眩むようなこの感情から解放されるんだ。「だけどっ…………、」 やさしくないよ。なあイオン、俺、やさしくなんかない。だけど、それは嫌だ。償えるはずなのに、それは嫌なんだと全身全霊で叫んでいる自分がいて、こんなにも、ああ、ほら、身勝手に切望してる。この手はたくさんの人の血で真っ赤に染まってしまったのにそれでもそれでも俺は、(死にたく、ないのか)けれど障気を消さなければやがてこのオールドラントは終焉を迎えて、みんな死ぬ。大好きな人たちが、彼女が、この世界から失われてしまうんだ!ルークはその事実の重さに、はっとした。だったら、この言葉は胸に隠して、鮮やかに騙してみせよう。けれど今だけは言わせて。



死にたく、ない。


(もろく、こわれやすいもの…………存在理由)

- end -