永遠など死ね


No Heaven

『……ったく、なんでおれがこんなもの』
『はいはい、じゃあ止めましょうかね』
『だっ、誰もんなことゆってねーだろッ!……つづき、』
『はいはい、お坊ちゃま。むかしむかし────』









昔、籠の中の小さなちいさな小鳥に絵本を読んであげていた。
穢れを知らないあかつきいろが、とてもとても美しい、小鳥だった。









「なあルーク覚えてるか、あのお伽話。人間の男に恋をした人魚姫の。お前には教えてなかったけれど、姫が男を愛したのは男が愛しかったとかそんなんじゃない。……永遠のたましいが欲しかったからさ。死んで何も残さない、残せない、泡になるしかない己に、恐怖したんだ」びくり、と、その細い肩がゆれた。つくりものめいた白皙の頬。雨に降られたわけでもないのに濡れたように輝く翡翠に────今は短くなったあかつきいろの髪。それを視界におさめた瞬間ぞくり、とふるえが走った。穢れを知らなかった籠の鳥が穢れを知った。その事実はガイラルディアをひどく歓喜させ、暗澹とさせた。両極端に位置する感情たち。歪んでいる?狂っている?そんなのは、今さらだ。 「、……今さら、なんだってゆうんだよ……」しかし代わりに、甘く優しい親友で使用人の顔だけを見せる必要はなくなった。最早、加減などいらぬ。惜しみなく憎悪して貪って喰い散らかしてやれ!

「……本当に今さらか?違うだろルーク。戻ってきて欲しいと思っている癖に。本当は、殺したくなどない癖に。俺を」
「ちがうッ!」
「違わないよ、人魚姫」
「、────ちがうちがうちがうちがうちがう、ちがうッ!」
言わんとしていることを悟ったのか悲鳴じみたこえが上がった。何度もなんども首をふって打ち消そうとする。そうすることはお前がそういう風にちらとでも思ってしまった何よりの証拠になるというのに。なんて憐れな子どもなんだろう。覚えず、歪んだ笑みがこぼれ落ちた。「憎いんだろう?怖いんだろう?泡になるしかない自分が。死ねと命じた世界が」
子どもの綺麗な顔が痛みに喘ぐ。俺の言葉で。俺のせいで。ああ、もっともっと歪んでしまえばいい。そしてもっともっと堕ちてしまえ。俺と同じところまで、俺とおんなじものを、ちがう、俺だけをその翡翠に映せばいいんだ。ルーク、お前は俺だけを見ていればいい。はしばみの少女もオリジナルもお優しい導師様も神も必要ないんだよ。
「黙れ、ガイラルディア」
冷ややかな、一切の温度を排斥した声が響いた。青色の手が子どものまろやかな瞼を覆い隠す。「……ゆっくりと息を吸って吐きなさい、ルーク」そのからだに触れるあと一歩のところで邪魔をされて、ガイラルディアは苛々した。ああこの男、突いてついてついて首を刎ねて殺してやりたい。
「邪魔をしないでもらえるか、旦那?」
「うたかたの夢はさっさ、と、消え去りなさい。夢は夢らしく、分をわきまえて」
「ハハハハ!……お呼びじゃないんだよ、死霊使い。お前なんて」
「貴方を生かしておいたことは私の誤算でした。恥ずべき、最大の」
「それは光栄だなざまあみろ。そこを、退け」
丁重にお断り致します、血の色をした瞳が嘲笑にしなり、子どもを自身の背後へと追いやった。あかつきいろが消失して、寒々しい軍服が視界を占領する。その服にさえも嘲笑われている気がして鼻の下に皺を刻むと鳩の血のごときまなこが再度しなった。決めた。抜いた切っ先の最初のゆくすえはその双眸にしよう。
「……あれは、俺のものだ」
思ったよりも、低い、獣に似た声が飛び出た。青い軍服に邪魔をされて変わらず子どもの姿は見えなくてそれがひどく気に障った。ようよう、血液が沸騰してゆく。

「俺のものだ。だから俺だけがあいつを害していい。汚していい。傷つけていい。
他の、一切の介入なんぞ、許さない。レプリカント?そんなものに奪わせてなるものか。世界?そんなものに誰が奪わせてやるものか。泡のように消えるなんて許さな い。血反吐を吐き、不様に地面に這いつくばって、死ぬ。そうやって俺がルークを殺す。ルークを殺すのは俺だ。俺だけだ。だから、ルーク、お前は俺に殺されて、永遠になればいい。うたかたなんかじゃない。永遠だ。永遠になれるんだよ、ルーク」

許さない。ゆるさない。お前がこの世界からいなくなるなんて。
それはどうしてだと聞き覚えのあるけれどありすぎてわからないこえが、囁いた。












ずっとずっと憎まれていると思っていた。それが真実だと。
けれど、確かに聞こえた。呪詛を呟くような声の中に、確かに、悲しいかなしいというこえが聞こえた。 自惚れてもいいのだろうか。この男は自分がいないと立っていられないくらい好いていてくれたみたいだ。ひどい殺し文句に目眩がして、ぞくぞくと甘い何かが背筋を走る。やばい、殺されてしまいたい。世界にじゃなく、目の前のこの男に殺されてしまいたい。けれどその道は決して選ぶことができない最果てに存在することを痛いくらいに知っていたし────それに永遠などと、意味を履き違えている。ほんとうに馬鹿だよ、お前。もしも自分が女でこの男の子ども を内に宿すことができたならば、産んだ後でそのあたたかな熱を手渡して、これが永遠というんだろう、と伝えられたのに。きっとそうできれば、この男の目も醒めたかもしれない。……なんて、こんなことを考える俺もじゅうぶん馬鹿、か。 「ガイ、」 久しぶりに呼んだ名前は口の中に甘く広がった。制止する仲間の声に大丈夫だと微笑んで、その男の前に立つ。この言葉はきっと男の何かを破壊するだろう。でも自分は断ち切ってやらなくてはいけない。ルークという檻から、柩から。
「、永遠なんて、」
歪みそうになる目許と情けなく下がってしまいそうになる口角を叱咤して、無理やりに笑った。道はもう定まっていて引き返せなくて……自分たちはあまりに不器用だった。あのとき何かが違っていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。

けれど、も、う。












「永遠なんて、死んでしまえ、」









『……ったく、なんでおれがこんなもの』
『はいはい、じゃあ止めましょうかね』
『だっ、誰もんなことゆってねーだろッ!……つづき、』
『はいはい、お坊ちゃま。むかしむかし────』











永遠とはきっと、あの頃のことをゆうんだろう。そう、思った。


- end -