From Goddess
世界は、概ね穏やかに時を刻んでいた。
夕日を目にする度に胸が痛むようになってから、「手紙を、書きましょう。……できるだけのこと
を忘れずに、話してあげられるように。彼が帰ってくるその日まで」友人にそう言われて宛先の
ない手紙を書き始めてからもう随分経つのだけれど、ティアの手紙は一向にらしくならないし、
どうやって一日を終わらせればいいのかわからなかった。……あの瞬間。たぶんうつむきそう
になる顔を懸命に上げて去っていたあの背中を見送った瞬間から、ティアの時間は眠りについ
てしまった。ふと、冷たいぬくもりがかすめて、ティアは顔を上げた。暗い空からはらはらと落ち
てくる雪。ぼんやりしていると少しずつ奪われてゆく温度が心地よくて、瞼を閉じる。浮かんでく
る。息づかいや、舌足らずな喋り方、落ち着きのない足音、繋いだ手の平の熱、一緒に見た景
色。少し前まで現実だったものたち。それらが少しずつ思い出になろうとしている。それが、ティアには耐えられなかった。
綺麗な目をしていたひとだった。
光加減によって緑にも青にも変化する。
まだ忘れていない。
────閉じた瞼の裏には、まだ、子どもみたいな顔で微笑む彼が住んでいる。
「伝えたかった、……伝えたい、言葉があるのよ。だからもう、あなたのことを想い出さないわ。
今日で最後にする。帰ってきてくれるって、信じることにする。……でも、もしもあなたが大人に
なっても帰ってこないようなら、わたし、大きな声で歌うことにするわ。世界じゅうに響くくらい。
だってたぶんあなたのことだから、寄り道をして迷子になっているんでしょう。それが嫌なら、
ねえ、はやく帰ってきてね
ルーク」
- end -